Stoa tou Vivliou、Irena Haiduk(Yugoexport) | documenta 14 Athens

5年に1度の国際芸術祭ドクメンタのアテネ会場を見てきました。金曜日の夜9時からしか見ることができないパフォーマンス作品をご紹介します。

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documenta 14
Athens


Artist
Irena Haiduk
http://www.documenta14.de/en/artists/1031/irena-haiduk
Copies of In-Corporation Documents (2017)
http://yugoexport.com/
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時差でふらふらする頭に、濃いめの甘い珈琲を注ぎ込み、FreeWifiでSNSをチェックしながらパフォーマンスの時間を待っていました。毎週金曜夜の9時からしか見ることができないパフォーマンスの作品です。

会場となるのは、シンタグマ公園からみると逆T字にアーケードが走るオシャレなショッピングストリートStoa tou Vivliouです。両側を大通りに挟まれたこの場所、今から100年以上も前に建てられthe Stoa Arsakeiouと最初は呼ばれていました。1996年に the Society for the Promotion of Education and Learning(教育機関のひとつ)が本にまつわる文化イベントを行ってからはArcade of booksと呼ばれています。

さて夜9時ともなれば店舗は全てシャッターをおろし、酔っ払いや近道をする住民以外はほとんど通りません。ちょうど真ん中あたり、Tの横の棒と縦の棒が交差するあたりでパフォーマンスが始まるのを待つわたし。徐々にdocumenta14の鑑賞者と思われる人が集まりだします。何人か、とある店頭で立ち止まり、ショーウィンドウに書かれた文章を読んでいます。空き店舗です。テキストは(後でわかったのですが)とある団体の定款でした。


さて、反対側の通りに面した入口から、灰色のワンピースを着た女性が歩いてきました。何が始まりで何が終わりなのか、アナウンスは一切ありません。彼女までの距離が遠いので、その歩みが早いのかゆっくりなのか判断がつきません。彼女が近づくにつれてその早さ、頭の上に本を乗せて歩いていたことがわかります。



あっというまに横を通り過ぎ、反対側へ姿を消しました。しばらくすると、最初に登場したのと同じ側から彼女が歩いてきます。通り過ぎ、そしてまた同じ反対側へ通り過ぎる。だいたい3回ほど繰り返してから、彼女は文章の書かれた店舗の前で立ち止まり、本を頭からおろし、手に取り、開き、読み上げます。読み終えると、表情がやわらかく砕け、おそらく見に来てくれていたのでしょう、友人たちと安堵の抱擁をしていました。



このパフォーマンスはYugoexportという、アーティストIrena Haidukによって作られた団体のプレゼンテーションでした。店頭に書かれていたのはYugoexportの定款で、それが原文とされていて、ドイツカッセルのドクメンタ会場では複写が展示されます。

かつてギリシャでは全ての法律はパピルスに記されアゴラに提出され、そして同様の内容が大理石に記され広場に置かれ、アテネ公衆に向けて演説されました。そうして公的に承認(?)させるのがかつてのギリシャのやり方だったそうです。数千年たった今でも「それが伝統であった」と知られ続けている強さを持った形式です。

Irena Haidukは大理石を店頭のウィンドウに、演説を朗読に置き換え、自身の団体であるYugoexportの正統性を伝統的な形式で再現(再演?)しました。


Yugoexportを私は「団体」と書きましたが、もしかすると「会社」と書き直した方がよいかもしれません。ドクメンタ主催機関であるdocumenta gGmbHのアテネスタッフ(女性のみ?)が履いている黒い靴「Borosana」はYugoexportによって提供されたものだそうです。

Borosanaは旧ユーゴスラビア(ユーゴスラビア社会主義連邦共和国。以下 旧ユーゴ)で開発された働く女性のための靴で、制服のような、つまり着用を強制されていました。9時間の立ち仕事でも着用者の背骨を傷めないように設計されています。体に良さそうな靴でいいなあと思ってしまいますが、つまり9時間の立ち労働を強いられていたわけです。この靴を開発したのは共和国の公的機関でした。

旧ユーゴが衰退した年に量産が終了。製造工場のあったVukovarが戦火に巻き込まれると、この世から姿を消しました。


Irena HaidukはこのBorosanaを2012年から作品として発表。2015年のYugoexport設立以降はそのプロダクトとなりました。Yugoexportに関する展示を行うたびに、Borosanaは展示に従事するスタッフの制服となります。展示に関わる仕事って立ち仕事が多いですよね。とても実用的なデザインです。同時に、それが労働であることを際立たせます。さらに労働と余暇(脱ぐと労働ではない)の区別を強烈に意識させることにもなります。

さて元々Borosnaを開発した旧ユーゴの公的機関であるBorovo Rubber Industry Headquartersは実は完全に解体ができていません。合法的にBorovoの持つ公的資産を完全に分割して民営化することができないらしく、つまりこのBorosanaの靴をYugoexportが、Irena Haidukが扱うたびに旧ユーゴの記憶や問題が立ち上がり、再考を促す。


彼女が履いている靴がBorosana

私がパフォーマンスで見た女性はIrena HaidukではなくThe Army of Beautiful Womenという団体のメンバーでした。旧ユーゴ時代には考えられないような権利や自由を獲得した彼女たちは、Borosanaを履いて力強く美しくStoa tou Vivliouを歩く。そしてStoa tou Vivliouはランウェイになり製造ラインになる。

ヨーロッパの火薬庫と言われたバルカン半島の騒乱の、最初の火種と言ってもいいギリシャで、記憶に新しい旧ユーゴにまつわる作品が、くさびのように落とされている。初日からとても重い作品を見たわけです。ああ、なんて疲れる。でも面白い。