百瀬文さん「レッスン[ジャパニーズ]」を見てきました。 / 引込線 2015 美術作家と批評家による第五回自主企画展

先日から少し頭痛がします。左のこめかみ辺りでしょうか。何とも言えない気分です。さてそんな頭痛を少し引きずったまま(こんな情報は必要ないかもしれないですが)『引込線 2015 美術作家と批評家による第五回自主企画展』を見てきました。


所沢の航空公園駅からバスで10分ほど行った先にある「旧所沢市立第2学校給食センター」を会場にした展覧会は21名の作家と22名の批評家が参加しています。展示だけでなく批評を含めた冊子を発刊するのが特徴で、毎回話題になるのですが、なかなか見に行くことができませんでした。今回は最近活躍されている(かつ個人的に気になっている)作家である百瀬文さんが参加されるということもあり、シルバーウィークを利用して足を伸ばしてみました。


最終日である今日9月23日は川久保ジョイさんと水谷一さんによるパフォーマンス「今日の一局(二〇一五年九月二三日)」が行われていました。行われていました、というと語弊があります。行われる予定でした。「衆議院インターネット審議中継」で国会審議の音声をリアルタイムで聞きながら二人が初めて行う(ルールを知らない)囲碁の勝負。中継が無かった、国会が祝日ということもあって開催されていなかったため順延となりました。聞くと、この順延は織り込み済みとのことです。国会という公に開かれているはず(なんでしょうかね?)のものを多くの人にとってアクセスできないものである、という状況も感じて貰いたかったそうですが、作品としては政治的なメッセージは想定していないとのことでした。


確かにこの国会中継を見ることができないという現実にここ数日引き裂かれています。SNS上で繰り広げられる「国会中継を見よう」「国会前に行こう」といううねりに、社会人としての私は乗ることができません。労働を止めることは生活を止めることに、直接つながらないにしてもその延長にあります。


百瀬文さんの作品は「レッスン[ジャパニーズ]」という映像作品でした。「これは私の血ではありません」という言葉を基本(かどうかわかりませんが)にして、「百瀬さん自身による音声」「日本語字幕」「英語字幕」「百瀬さん自身の手話」「ローマ字の字幕」が延々と繰り返されます。

レッスンテキスト(と言っていいのでしょうか)は少しずつ変化します。「これはあなたの血ではありません」「それは私の血ではありません」「これは私の犬ではありません」「これは私たちの血ではありません」など。毎レッスンごとに映像は暗転し、また別の(といっても上記した少しの変化のみ)レッスンが繰り返されます。


映像中の百瀬さんの髪が少し乱れている時がありました。左目(実際は右目?)が少し引きつっている時がありました。基本は笑顔、のような口の形をしているのですが、時々その笑顔の「度合い」が少ない…真面目な印象を受ける時がありました。音声だけが消え入るような死にそうな悲しそうな声になっている時がありました。手話が明らかに他と違う時がありました。

目の見えない人は百瀬さんが常に(ほぼ)同じ表情であることはわからないでしょう。手話のわからない私は百瀬さんの手話が何を伝えようとしているかわかりません。手話にも日本語と英語があると私の妹(ろう学校の先生)から聞いたことがあります。もしかすると英語の手話と日本語の手話を使い分けていたのかもしれません。しかし何種類もの手話が確認できたので、言語の違いだけではないでしょう。

故意に生み出されている誤解が、なんとなく確認できているのにもかかわらず、それが何なのかわからない気持ち悪さが残ります。discommunicationと言えばいいのかmisunderstandingと言えばいいのか。作品映像との間での相互不理解というよりも、この作品を見た当事者間における相互不理解が前提となっている気がしてなりません。

試しに耳栓をして作品を見てみましたが、どうしても漏れ聞こえる百瀬さんの声が情報として入ってくるので視覚情報のみの鑑賞は無理でした。

そもそも私は日本人であり日本語話者なので、英語を前提とした鑑賞ができていません。その他にも「これは」が「korewa」と書かれていることに最初とまどいを覚えました。「koreha」ではなく「korewa」であることに。「wa」が発音では「わ」であっても表記上は「は」であることに、日本語教師でもない私は慣れていません。

もしかすると私の気付いていない「ズレ」が映像の中にあったのかもしれません。

百瀬さんの作品を見るといつも、当たり前の前提として持っていた価値観(特に身体に直結するようなもの、感覚)を揺さぶられます。今回は言語感覚まで揺さぶられる作品でした。

日々、当たり前のように流れている血も、「私の血では」ないのかもしれません。ああ怖い。


百瀬文さん
http://ayamomose.com/
引込線 2015 美術作家と批評家による第五回自主企画展
http://www.hikikomisen.com/2015/index.html

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