Alyson Shotz「The Geometry of Light」を見てきました。

女装の私がエスパス ルイ・ヴィトン東京で開催されているAlyson Shotz「The Geometry of Light」(2010)を見てきました。




表参道のルイヴィトンを入り、エレベーターで7階に上がったところにエスパス ルイ・ヴィトン東京があります。展示スペースは、ガラスキューブで、光に満ちています。訪れた日はあいにくの天気で青い空を眺める事はできませんでした。にもかかわらず、空を飛んでいるかのような錯覚を覚える空間でした。そこにアリソンシュッツの作品が展示されています。無色透明の押し寄せる波に、圧倒されると同時に、美しさにため息がこぼれます。「光」そのものを感じました。



アリソンシュッツは「The Geometry of Light」(2010)で光をテーマにした作品を展示しています。天井から床に近い壁までななめにつるされたいくつものワイヤー。そこには大小さまざまな透明の円盤が列状に配置されています。波でもあり粒子でもある「光」を、円系(粒子)のレンズを波状に並べることで表現した作品です。レンズを通しては、東京の姿を見ることができます。無数の板が重なり合い、ビルや空や木々の姿を映します。薄い雲から太陽が顔を覗かせると、強い光がレンズを輝かせます。東京の時間が移り変わるごとに、作品はまた違った姿を形にします。





私は40分ほどその場にいました。じっとしていると疲れますから、背伸びをしたり、しゃがんだり、左右に移動したり、作品から距離を置いたり、うろうろと。そのたびに変化するアリソンシュッツの作品を見ていると「私が動いているから作品がとどまらない」という、当然のことを意識させられます。レンズを通してみる世界もそう。世界の時間が流れていて、不変だから、この作品は決してとどまることなく違う表情を見せているのだと。


動いている車の形はとらえられないけれども、止まっている車なら形を把握できます。車を止めることができなくても、動いている車と同じ速度で移動すれば把握できます。視線を移動させても可能です。光の形を把握するにはどうしたらいいでしょうか。答えは、時間を止める事です。車の場合と同様に、では、光と同じ速度で動けばどうなるか。物質の時間は止まります。つまり、時間が止まることで初めてその形をとらえるたと言える「光」の作品。




作品を前にして、私たちは、捉えることができないはずの光を、その圧倒的な存在を手にする事ができます。でもそれはあくまで疑似的。実際は、捉えられるわけがない。不可能であること、その絶対性を目に焼き付けることになる。それはそれでいいんです。ニュートリノが光の速さを超えたっていう報道で世界に満ちた「まだまだ謎がある!」という高揚感が示しているように、手が届きそうでいて決して手が届かない存在がなくなると達成ではなく絶望が残る。


認識にとって重要な要素の一つである光は、やはり捉える事ができなくて、だからこそ圧倒的な(ある意味、宗教的な)美しさを持っている。アリソンシュッツはその事実を形にしました。エスパス ルイ・ヴィトン東京という光に満ちた場所での、そして東京での展示が、さらにその事実を際立たせていたように感じます。


会期は長いのでまだ間に合います。ぜひ訪れてください。作品説明の冊子が無料で配布されています。


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