『ヘンリー・ダーガー展』ラフォーレミュージアム原宿にいってきました。



女装の私が、ラフォーレミュージアムでヘンリー・ダーガー展へ。





展示の最後に、識者のコメントがあった。そこで、菊地成孔氏が「発見されてしまった」と書いていたが、その言葉にこの展示についてのレビューは集約される。発見されて「しまった」ヘンリー・ダーガーの物語は『ヘンリー・ダーガー展』と名前を付けられた。





今、





全ての人間は、ヘンリー・ダーガーだ。何の因果か、彼は「20世紀アメリカ美術における最大の謎」と言われてしまった。あなたも「21世紀日本における最大の謎」なのだ。あなたは、わたしたちは、わたしは、自分でしかない。





…うーん。





レビューになっていませんね。すいません。ヘンリー・ダーガーの作品は、自分を写す鏡のような気がしてならないのです。ただただ可愛いだけではありませんし、アウトサイダーアートだから、ってんで見るものでもない。謎解きを楽しむだけのものでもなければ、障害者を憐れみつつ希望を押し付けるだけのものでもない。彼の、ひっぱりだされた絵や文字達は、ありとあらゆる意味を切り貼りされて、全く違うものになっているわけで。とにかく、利用されやすいのですよ。私はそう考えるのです。





この展示を見られた方が心に何か違和感、例えば黒い感情や赤い感情や青い感情が生まれたら、それはそれとて大切にして欲しいのです。周りが「可愛かったよねえ」「アウトサイダーアートってやっぱクールだよね」「障害者だったんだね」「アメリカの差別って根深いんだね」「今の日本って」とか言うでしょうが、そのようなものはクソくらえです。(あらやだ、すいません)