大駱駝艦天賦典式『灰の人』に救われた。



大駱駝艦について書くと緊張して指が遅くなる。震災後すぐのあの日を思い出す。世田谷パブリックシアターで麿赤兒氏の声が聞こえてきた。(※内容を文章末に抜粋)麿氏の舞台は2度目。どこか懐かしく、涙が溢れてきた。暗転。舞踏がはじまる。混沌と戸惑いで流れが一定でない空気の中を漂う灰のように、麿氏が舞う。私は始終泣いていた。3月11日の午後から、緊張して硬いコンクリートのようだった私の心が粉々になり、灰の粒になり、舞台を飛ぶ。燃え上がる舞台を前に、やっとのことで血が熱を持って体を巡っているような、つまり、生きた心地がした。申し訳ないがレビューは書けない。搾り出てくるのは感謝しかない。冷静に説明できないのだ。それほどまで地震は人の心を固めていたらしい。





大駱駝艦「灰の人」は、確かに私の心を救済した。








(公演前の麿赤兒氏の言葉)


「ニュース映像の中で、冷厳・無惨(むざん)な荒野で一人の男がつぶやいていた。『なるようにしかならん』と。絶望で憔悴(しょうすい)した男の奥深くに、既に生命の種火が燃え始めているのを見た。私どもは、多くの犠牲となった人々への鎮魂の念を込めて、ただひたすら踊るのみであります」


2011年3月30日asahi.comより抜粋








※レビューを書くライターとして、この短文、そして舞台について触れていない文章は悩みました。ただ、「灰の人」を観ていなかったとしたら、今、私はどうなっていたか。想像するだけで恐ろしい。救済へこたえる形で、とにかく、文章を書かせていただきました。